狂ってると思う?







それから私は甲斐にやってきた。
数日の間、世話になる事となった。

荷物を部屋に置かせてもらい、私は巾着を片手に城下町へと降りる事にした。


それが間違いだったに違いない。馬鹿げてるこんな状況。


私は今、見知らぬ男に壁に押し付けられて身動きが取れなくなっていた。
本当に、どこの時代劇?こんなシチュエーションに陥るなんて。

下世話な笑い声。
募る不快感。
凹凸のない身体にがっかりだ?だったらさっさと放せ!
捕まれて、顔をしかめる。
痛いんだよ、馬鹿。阿呆。


ああもう、蹴るぞ!?


どうせあられもない姿だ。品が無かろうが今更関係ない。
そう思い、足をあげた時だった。


「ぎゃぁあああ!」

「ひぃぃっ」


下衆な奴らは、突然目の前で血まみれになった。
喉元に嫌なものがこみ上げてくる。思わずしゃがみこんだ。


「っ、う」


喉元で、辛うじて食い止めた。こんなとこで吐いてられない。


早く、帰ろ―――


視界の先に、ゆらりと白い影。見上げた先には、


「酷い目に逢いましたねぇ…ククク」

「ぁ…」


ああ、殺されるのかなぁと見上げる。だって目の前にいるの、明智氏だよ。
農民をざっくりヤっちゃう明智氏だもん。死ぬってこれ。


「…ありが、とう、ございました」


壁に体重をかけながら、よろよろと立ち上がる。


「気にしないでください。不快なものを消しただけですから…」


あ、そーですか…。
ここでお礼をしたいと言い出すべきなのか、無礼にも逃げ出した方がいいのか。
色々考えてわずかならが沈黙。結果出た答え。


「私も、殺すんですか?」

「…何故です?」

「いえ、なんとなく」

「ふむ…ああ、貴方も殺して欲しいんですか?」

「いやー、それは遠慮したいです」


泣いたり叫んだり、うるさくしたら即殺されそうで、私は出来るだけ淡々と答える。
流石に最後の一行は早口だったけど。


「え、と…何かお礼をした方がいい、ですよね」

「礼、ですか…」


ふむ、と何事か考え込む明智氏。
何を言われるんだろうか。心臓がバクバク鳴っている。


「では、私とお友達になってください」

「…はい?」


ククク、と愉快そうに肩を揺らす明智氏。
お友達…ってあの、お茶飲んだり青春を共に過ごしたりするあの、


「お友達、ですか」

「お友達です」

「…分かりました。じゃあ、今から私たちはお友達です」


それから、友達になったというのに互いに名乗ってない事に気がついた。


「私の名前は、です」

「私は…光(みつ)とでも、言っておきましょうか」

「光さん、ですか」

「はい」


偽名だ。だけど、あながち間違っちゃいない。


「よろしく、光さん」





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