こりゃ、当分帰れそうにない
謁見の間、とでも言えばいいのだろうか?先程茶器を運び込んだ広間に連れ戻された。
私は正座で、相手は何やらうろうろしながらの会話が始まった。
「それで、私に話とは」
「そう改まることもないよ。なに、単純な話だ」
もったいぶらないで、早く済ませて欲しい。焦らしプレイが好きなのか?
「君のここに乗っているものが、欲しくてね」
トントン、と指で鼻を叩いてみせる男。
つまり、それは、
「…眼鏡、ですか」
「ほう、これは“めがね”というのか」
そう言いながら接近した男は、ひょいと私から眼鏡を奪った。
途端、視界がぼやける。
「あっ」
「硝子…いや、それにしては軽いな」
「返してください、困ります」
何故だ?と手元の眼鏡を見つめたまま男は問う。
そこで私は眼鏡の存在価値を伝えた。
目の悪い人間がつけてこそ意味がある医療器具だと。
「ふむ、そのような使い方なのか」
「分かっていただけましたか」
「だが、手元に置く分には関係ない話だとは思わないかね?」
つまり彼は、コレクションの一つとして持っていたいと言う。
「そんな、私の生活に支障が出ます」
「それは心が痛むね。返そうという気には微塵もならないが」
なんて自己中な男だ。おまけに、結構な鬼畜と伺える。
「とにかく、一度返してください!」
滲む視界で、どうにかその人の手元に手を伸ばす。
しかし目の前の人物は一瞬にして消え去った。
消え去ったというのは間違いで、正しくは瞬時に背後に回られたのだが。
「な」
「そんなにこれは大事なのかね?」
「ぁぐっ」
標的を失ってよろけた私は、背後から足蹴にされた。
というか、勢いよく背中を踏みつけられた。
「つっ…、大事、ですよ」
「ほぉ」
すでに身体の一部のようなものだし、唯一残ってる、この世界に一緒にきたヤツなのだ。
元々着ていた服は、ザビー教団で無くしてしまった。
「では、君にとっていい話をしようか」
…それは、この体勢で言うべき話なんですかね?
結構辛いんですよ、この体勢。ってか貴方重いです。
「私はこれが欲しい。そして君はこれが必要、だ」
そうですね。ああ、あんまり変にいじらないで欲しいな。
壊したら弁償…ってわけにもいかないだろうし。
「ならば、君ごと頂けば問題あるまい?」
「…は、」
何それ、と言いたいところだが頭は既に理解していた。
眼鏡をかけた私をコレクションしようって、眼鏡置きですか私。
「正直に言うと、君自身にも少々興味があるのだよ」
そう言いながら、ようやく彼は足を退ける。
背中をさすりながら顔をあげると、やはり男は笑みを浮かべていた。
「かの西海の鬼、長曾我部が嫁を貰ったと聞いたが、君ではないのかね?」
「よ、嫁ぇ…?」
「おや、違ったかな」
いったい何処からそんな話が?っていうか、元親さん彼女の気配すらないよ?!
「西洋の教団から娘を連れ帰って嫁にしたと聞いたが…いや失敬失敬」
…いったい何処でそんな尾びれ背びれがついたんだか。
確かに、教団から連れ帰っていただいた。けど、そんな甘い雰囲気にはなっていない。
そもそも、元親さんは年下の女子供が苦手だ。
そして私は年下の女に該当するわけで、連れ帰ったはいいけど、何とも対応に困っているようだった。
だから「普段子分に接するような感じでいい」とこちらから申し出て、それからはそのように扱われてきたのだ。
「だがどちらにしろ、君は長曾我部の人間だろう」
「…どうしてですか」
「簡単なことだよ。君の持つ風呂敷、それには長曾我部の家紋がついている」
なるほど、目聡いな。確かに私の旅荷物を包む布は紫。
そして、七つのカタバミがついた家紋が縫ってある。
なるべく目立たないよう地面に向けていたつもりだったのに、どこで見たのだか。
「その通りです。よく分かりましたね」
「相手の持つ物を品定めをするのが、癖のようなものでね」
悪趣味だな、と心の中で呟く。
「さて、くだらないお喋りは終わりだ。客人には相応しい場所に案内しよう」
抵抗しようにも、視界は最悪。
このBASARAの世界で領主となれば、おそらく実力は化け物並。
私が抗った所で蚊を叩き潰すのと同じようなものだろう。
私は諦めて素直に立ち上がった。が、
「一つ、よろしいですか」
「なにかね」
「…眼鏡がないと、動けません」
見えない所為で、届けたばかりの茶器に突っ込んでも知りませんよ。
眉間にしわを寄せながらそう言えば、
「ははは、それは困るな」
と、男は愉快そうに笑いながら眼鏡をさしだしてきた。
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