互いに名乗ってすらないや
まぁ、客人とは言っても捕虜みたいなものですから…。
こうなることはなんとなく予測してたけどさ。
「本当に座敷牢に入れられるとは、思いませんでしたよ」
「おや、がっかりしたかね?」
「いえ、縛られて野ざらしにされるよりは」
マシだ。そう言うと、男は少し驚いた顔をした。
あれ、何か驚くようなこと言った?
「野ざらし…そうか、その手があった。いや、君も残酷なことを考えるね」
「はぁ」
いや、そんな感心の仕方されても…ねえ?
いつでも最悪の状況を考えてしまう性質なだけだ。
「今からでも遅くは無い。君が望むならそちらに変えよう」
「遠慮します」
「ククク、それは残念だ」
誰が好き好んでより悪い状況に転がり込むか。
居るとしたら自虐プレイが好きな人ぐらいだよ。
「さて、しばらく其処でゆっくりしていてもらおうか。また使いの者を遣すよ」
「はぁ」
ではまた、と告げて男は部屋を出て行った。
ああ、また名乗り忘れたな。でもまぁいっか、特に困るわけでもなし。
とりあえずは状況確認だ、と入れられた座敷牢をぐるりと見回す。
綺麗ピッタリ、畳3畳分の部屋だ。残念なことに、布団は見当たらない。
窓はある。が、牢の外で逃げられそうにない。
自然岩の壁をぺちぺちと叩いてみる。脱出は不可能、か。
これは、ずいぶんと暇になりそうだぞ。
「…はぁ」
溜息をつきながら壁に背を預けて座ると、布越しにひんやりとした感触が伝わってきた。
夜は、今より冷えるんだろうか。あーあ、何でこんなとこに居るんだろう。
私何も悪い事してないよね、これでも控えめに生きてきたつもりなんだけど。
何だかなー…。
と、色々と思考を巡らせる内に寝てしまったらしい。
目覚めたのは、金具のきしむ音がしたからだった。
見ると甲冑姿の男がそこに立っていた。
「松永様がお呼びだ」
返事も億劫だったので、一つ頷いてみせた。
立ち上がり、男の後についていく。通された部屋には松永、さんが居た。
一応、年上だしさん付けで呼んでおこう。…心の中だけど。
彼の前には膳があった。…夕餉?
「まぁ座りたまえ」
「あ、はい」
案内された座布団の上に座る。
目の前のお膳の上には、普通に食事が盛り付けされていた。
あれ、なんだこれ…捕虜じゃないの?何かすごく客人扱いなんですけど。
「さて、頂こうか」
「え、ぁ…え?」
「どうした」
食べないのかね?と昼と変わらぬ不敵な笑みを浮かべる松永さん。
と言うか…。
「食べて、良いんですか?」
「勿論。何をためらう必要がある?」
「はぁ」
では、頂きますと手を合わせて食事をとることにした。
松永さんは特に何かを問いただす事もなく、ただ黙々と食べていた。
時折私の方をじっと見つめて、何か言うかと思えばまた食べて。
やっと口を開いたのは、お膳を下げさせた後だった。
「君は、」
「はい?」
「毒が入っているとは、考えなかったのかね?」
「あ」
全然考えてませんでした。というか、毒殺される程の人間でもないし。
「黙っていては分からんよ」
「…入っていたらその時、です」
人間、死ぬときゃ死ぬんですと言えば、松永さんは肩を震わせて笑う。
あの、何がツボか全然わかりませんよ。
「ふ、ふふははは。確かに一理あるな。いや結構結構」
「はぁ」
君は面白い人間だ、と未だに笑いを含めたまま言う。
それから笑いが収まらない様子の彼は、突然ぴたりと笑うのをやめた。
「私としたことが…君の名をまだ聞いていなかった」
何と言う?と今度こそこちらの目を見ながら問う松永さん。
その瞳の奥には、覗き見れない何かが宿っていた。
本能的に背筋がゾクリ、と粟立つ。が、それを抑え込んで見つめ返す。
「、と申します」
「か。覚えておくとしよう」
一つ頷き、彼は続ける。
「知っているとは思うが…礼儀だ、私も名乗っておこう」
それもまた今更であるが、私は黙って待つ。
「松永久秀、それが私の名だ」
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