…本気で言ってる?
嘘としか思えない
あれから数日が経ち、相変わらず私は座敷牢に入れられている。
が、食事の時と身を清める時、そして松永さんに呼ばれた時だけ牢から出るのを許された。
松永さんに呼ばれると、たいていは眼鏡を奪われる。
何がそんなに面白いのか、日の光にかざしたり、360度くるくると回転させて余すことなく見つめている。
その間、私は動くわけにもいかず、少し離れた所でぼんやりと座っているのだった。
そして、今まさにその状況に私は居る。
「そうだ…」
松永さんは何か思いついたか、ぽつりと呟いた。
そして彼特有のゆったりとした仕草でこちらを振り向く。
「私がこれを返さないと言い出したら、どうする?」
「それは…困りますね」
他に言いようがない。
「君の“困る”を聞くのは何度目かな」
「さぁ」
数日の間に、松永さんは何度か私に「困ります」と言わせた。
それは話し掛けてくる内容が、
余興に何かしろだとか、
君で新しい刀の切れ味を試してみようかだとか、
どうにも反応の仕方に“困る”内容のものばかりだったからだ。
だって、困るし。私にそんなボケをまわしても面白いツッコミなんて出てこない。
「たまには他の事を言って欲しいな。飽きてしまう」
「はぁ」
そう、言われてもなぁ…。
眉間にしわを寄せたままの私に、松永さんは告げる。
「取り返したい、と望むならそうすれば良い。力ずくで奪うのは悪ではないよ」
「…それは、私に出来ると思って言ってるんですか」
「いいや、世の真理だから述べたまでだよ」
「そうですか」
それからしばらくの間沈黙が降りたち、それから私は答えを述べた。
「私は、諦めると思います」
「…なんだそれは」
松永さんが不機嫌になったぞ、と思いながら私は続ける。
「私は松永さまからそれを奪い返す為の術を知りません。
牙を剥いても敵わないのは、火を見るより明らかな事です。
ならば、諦めるより他に道はないでしょう。
何より、貴方は先日教えてくれた。
弱い者は、強い者に何をされても文句は言えない、力を持たぬ者が悪いのだ、と。
この世がその理論に基づくならば、悪いのは私です。
松永さまという強者に奪われても、仕方がありません」
これが私の持論です、と最後に言って口を閉じた。
そもそも私に奪い返す、復讐、争う、という行為を求めるのが間違っているのだ。
さて、松永さんの反応は?
「…は、はははははははは」
何故だか爆笑された。だから、何がツボだか全然わかりませんってば。
本当になんなんだ、この人は…。
「ははははは、やはり君は面白いな。…実に惜しい」
何が、と首を傾げて見せれば目の前の人影は徐々に近づいてくる。
「私は割と君の事を気に入っているつもりだがね、」
目の前の男に、予想より優しく顎を持ち上げられた。
ぼやけていたピントが合うほどの距離に、顔が近づく。
反射的に身をよじり距離を取ろうとするが、もう片方のあいた手で肩を捕まれ叶わない。
近づいた顔はそのまま私の顔を横切り、耳元でいつもより低い掠れた声が響いた。
「本当に残念なのは、君が弱い人間だという事だ」
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