猫と風







過ギシ蜜月

お月様が真上に来た頃。

むにゃむにゃ寝言を呟いて、アイネはすっかり夢の中。

小王はというと、風見の塔のふもとに来ていた。



 まだ何か用かしら?我侭王



「ふん…」


うるさい風だ、と言うように彼は尻尾を揺らした。



――――昔の事だ。

猫はこの丘に住んでいた。正確にはこの丘を王国の一部としていた。

この丘の本当の所有者はヴェインであったが、彼は突然やってきて我が物顔で居座ったのだ。


風は、そんな自分勝手な生き物に会うのは初めてで、新鮮だったのでつい、



 いいわ、今日からここはあなたの国。でも、同時に私の国でもある
 だから貴方は王様、私は王妃様、それでどう?



と言った。そしてその返事として、猫は良かろうと答えた。

それからというもの、風は常に猫と共にあった。



しかしある日、王様は領土を見回る為に旅立った。

ヴェインはこの草原の風ゆえに丘の向こう側へは行けない。

そしてとうとう小王が地平の先に消えた時、風鳴りの丘は彼の領土でなくなった。

王様にとっての王国は、彼が見渡せる場所までだからだ。


――――こうして草原はまたヴェインだけの国となり、独りになった。

だが、彼は今こうして戻ってきた。



 貴方は、もう二度と戻ってこないつもりだと思っていたわ



責めるわけでもなく、ただそう思ったという事実を告げるだけの言葉を奏でる風。

猫は黙して答えない。答えないならそれでいいとヴェインは話を続ける。



 今はあの子が貴方の王妃様なのかしら?



「ふん、あやつはそんなものではない」


王様はぶっきらぼうに答える。

風はさして気にも止めず、「あらそう」と一言返した。


そこで会話は途切れ、しばし沈黙の後。

ヴェインは「ねぇ、」と呟く。

その言葉の先を促すように、黒猫の耳がぴくりと動いた。



 もう、この場所の王に戻るつもりはないの?



「…今は、あの小娘を母親のもとまで案内せねばならん」


質問の主旨とは外れた答え。しかし、それは答えを含んでいた。

ここに留まる意思はない、と。


「…、」



 そう、わかったわ



言い訳はいらないと、小王が紡ぎかけた言葉を遮る風の音。

それでも何かを伝えようと考えあぐねた猫は視線を地面に向けて言う。


「まぁ、なんだ…小娘を送った帰りに、立ち寄ってやってもいいぞ」


尻尾が恥ずかしそうに揺れたのを見て、ヴェインはわざと茶化して答える。



 あらぁ、それは光栄ですこと



「…ふん」


そして夜会の終わりに風は告げる。



 ねぇ、これだけは忘れないでちょうだい



「なんだ」



 …私の心は今も貴方の領地に変わりない、って



猫の小さな額に、ふうわりと風がくちづけた。


「…あぁ」


小さき王は「忘れぬ」と小さく零した。




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