少女と猫と狼







可愛イ誇リ

若葉に包まれた山。森。さわさわと風に揺れる枝たち。

彼女たちの腕の下を歩く少女と猫。



 世界の子よ。ホント。猫を連れてるわ。そうね。小さいわ



「ねぇ王様?何だか声がするわ」

「うむ。小娘と我輩を見て囁き合っておるようだな」



 偉そうな態度ね。高慢チキな猫なのね。でも其処が可愛いわ。それもそう



フン、と小王が鼻を鳴らす。


「まったく、我輩を唯の“猫”などと呼びおって…。」


ましてや、可愛いだと・・・?と不満げにグルグルと喉を鳴らす姿は、猫に他ならない。

アイネは目をパチパチ瞬かせて首をかしげる。


「だって、王様は猫さんでしょ?」

「む・・見かけはそうだが、我輩は王であるぞ」



 怒ったの?可愛いわ。短気なのね。ホント、可愛い



可愛い可愛い、と連呼されプライドが傷ついたか。

王様はヒゲをピンと立てて声を荒げた。


「えぇい、木々ども!少し黙らんかっ!…うっとうしくて散歩も楽しめぬわ」


小王の荒声にアイネは、ひゃっと声を上げた。



 まぁ怖い。イヤだわ。黙りましょ。気を利かせましょ



さわさわ、くすくす。音を立ててそれきり囁きは聞こえなくなった。


「…ふん」

「ビックリしたぁ。王様、大人げないわ」

「小娘に言われとうないわ!」


シャァッ、と猫は一声わめいた。




名前ヲ呼ンデ

それは三日月の夜。森の広場。

ふと足を止めるアイネ。それにつられて王様も立ち止まる。


「ねぇ、王様」

「なんだ」

「王様は、どうしてあたしを“小娘”って呼ぶの?」

「小娘は、小娘であろうが」


小娘を小娘と呼んで何が悪いのだ、と小王は言う。


「あたしにも名前があるわ」

「…だから何なのだ」

「王様、アイネって呼んでみて」


小王の顔をぐっと覗きこみながら少女が言う。

猫はその勢いに身体を仰け反らせる。


「な、何を急に」

「いいから、言ってみて?」

「…ふん、呼ぶ理由が見つからぬわ」


馬鹿馬鹿しい、と小王は先に歩き始めた。

その後姿を追いかけながらアイネがねだる。


「ねぇ、呼んでってばぁ」

「やかましい。呼ばぬものは呼ばぬぞ」

「もぉ…王様は強情ね」


何とでも言うが良いと、王様が言いかけた時。

森から大きな影が飛び出した。

それはあっという間に距離を縮ませると、アイネに飛び掛った。

それを見た小王は、彼の小娘が餌食になったかと蒼褪めて、


「っアイネ!!」


ひときわ大きな声で、彼女の名を叫んでいた。

少女の身体の上に被さっているのは、白い狼。


しばらくの間、押し倒された少女は狼を。

押し倒した狼は少女を見つめていた。


少女は、ただ圧し掛かられただけで生きていた。

不意に腕を動かして、少女は狼の白い頬に触れた。


「フカフカしてる。貴方、気持ちいいわ」


月を背景にして浮かび上がる、氷銀(コールドシルバー)の虹彩が笑った。


「お前は、面白いな」


アイネの頬をひと舐めし、狼はその身体から退いた。

猫が素早くその間に割って入り、小さな盾となろうとした。


「狼さんはだぁれ?」

「知らなくとも良い事だ」


狼はゆるく首を振るがアイネはもう一度聞く。


「だぁれ?」

「…ロンだ」


ロン、ロンって言うのね。アイネはにっこり笑顔で言った。

反して小王は毛を逆立てて言う。


「いきなり襲ってくるような無礼者と仲良くするでない!」

「ダメなの?」

「ダメだ」


少女はどうしてかしらと首をかしげる。

ロンはそれを見てフッと笑う。

その笑みを視界の端に止めた小王は一睨み。


「何がおかしいのだ」

「…いいや。何でもない」


その返事に、王様はまだ腑に落ちないようであった。

しかしそれを無理やり押しやって話す。


「何故、突然襲ってきたのだ」

「理由などない」

「なに?」


王様はむむ、と眉を寄せる。

狼は尻尾を揺らめかせて言う。


「全ての事に、必ずしも意味や理由がある訳ではない」

「む…」

「そうなの?」

「そうだ。理詰めで全てが解決すると思うな」


その言葉を受けて、アイネは思考を巡らせた。

そして一つの結論に達し、ポンと手を打つ。


「つまり、それって、ただ単に飛び掛ってみただけ?」

「あぁ」

「…理詰めうんぬんは関係ないではないか!」




名前ヲ呼ンダ

森を抜けるまでと言う条件で、狼は少女と猫について行く。


「ロンはずっと独りなの?」

「あぁ」

「寂しくない?」

「いいや」

「どうして?」

「思うことがない」


先ほどからずっと同じ調子で、少女が問うて狼が答える。

その繰り返しに、猫が割って入る余地はなかった。


「このまま、ロンも一緒に行かない?」

「来て欲しいのか?」

「うん。フカフカしてるし」

「なるほど」


単純な理由だとロンは笑う。


「だが、これは一緒に行けない」

「どうして?」

「これは、独りが好きだからだ。それに」

「それに?」

「先程からお前の猫が、睨みつけてくるのでな」


言葉につられてアイネが王様を見ると、確かに王様はしかめっ面して狼を見ていた。


「小娘、こやつはついて来る気はないと言っておるのだ。放っておけ」

「うん、分かった」


話がまとまった所で、ちょうど森外れに出た。


「お別れだ」

「うん、さよならね」

「さらばだ」


ロンは再び森の中へと、その巨躯を消す。

やっと去ったか、と小王は息を吐いた。

二人は再び二人となって旅は続く。


「ねぇ王様」

「なんだ」

「さっき、ロンが出てきた時…あたしの名前、呼んでくれたわね」

「…我輩は知らんなっ」





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