少女と猫と鷹







手放スナ


土砂降りの雨。突然の夕立に、アイネは小王と逸れてしまった。

既視感(デジャヴ)。ツギハギお供と逸れた雨の日。

あの時と同じ、不安に塗れた気持ち。


「…あたし、泣かないわ」


すぐ会えるもの。雨が止んだら会えるもの。

少女がそう自分を励ましていた時、ばさりと大きな羽音がした。

驚いてそちらを見ると、そこには雨に濡れた灰色の鷹がいた。


「やれやれすごい雨だ」


鷹はその場で何度か羽ばたいて、雫を払う。

敵意はないようで、アイネはほっとした。


「こんにちは、鷹さん」

「…どうも」


なんだ、先客がいたのかと言いたげに鷹はチラとアイネを見た。

敵意はないが、あんまり友好的ではなさそうだ。


「アンタ、独りなんだ?」

「え…ううん、違うわ」

「ふぅん」


そう言う割に、独りみたいだけど。と言いたそうな琥珀色の視線。


「すごい雨が降ってきたから、はぐれちゃったの」

「そう。まぁ、俺には関係ないよ」


そっちが聞いてきたのにと、アイネは少し頬を膨らませた。

プイッと鷹から顔を逸らし、一向に現れない小王を想う。

王様に早く会いたいなぁ。と少女は無意識に呟いていた。

それを聞いた鷹は皮肉めいた声色で、


「また会える、なんて思ってるんだ」

「…なによ」

「いいやぁ」


にやりと獰猛な笑みをクチバシに乗せる。


「何時、何処で、誰が世界から消えるかなんて分からないだろ」

「何が言いたいの?」

「アンタが逸れてるうちに、王様は消えてしまっているかもしれないってコト」

「そんな事ないもん」

「へぇ、どうして言い切れるのさ?」


根拠は、ない。アイネは返答する言葉が見つけられない。

それでも、


「王様は、消えたりしないもん!」


自分に言い聞かせるように、声を荒げる少女。

肩が震えているのは寒いからではなく。

鷹が更に何事か言おうとした時、遠くから声が聞こえてきた。


――ネ、何処…――のだ!!


その声を聞いて、アイネは顔を上げる。

王様の声だ。少し焦燥した声だが、間違いない。


「王様、こっち、こっちよ!」


アイネが大きな声で呼ぶと、すぐにずぶ濡れの黒猫がやってきた。

息を切らして駆けて来た猫をぎゅぅと抱きしめる少女。

自分が濡れる事などお構いなし。


「王様ぁ・・・」

「逸れる、なと、言った、であろうっ」

「ふぇ…ごめ、ごめんなさいぃ」


安心したか、アイネはぽろぽろ泣き出した。

小王は慌てて、もう大丈夫だと慰める。


「…ふん」


鷹は面白くなくなったか、翼を広げて飛び立つ。

雨は小降り。もうすぐ止むだろう。


「そうやって掴んでないと、いつ居なくなるか分かったもんじゃない…」


遠くなる少女と猫を見て鷹は呟く。

雨の音に、もう聞くことの無い愛しい声を思い出す。



――鷹さん、鷹さん



「…艶花」




旋律

森を抜け、草原を進む二人。晴れ渡る空。

先を歩く猫の影を踏んで遊んでいた少女。

ふとその影が別の大きな影に呑み込まれた。


「…わぁ!」


アイネが見上げると、そこには空を泳ぐ巨大な生物。

王様も合わせて足をとめ、目を細めながら空を仰ぐ。


「王様、すごく大きな生き物よ!」

「ほぉ、人魚竜か」

「人魚?竜?どっちなの」

「そのどちらでもあるのだ」



上半身は人のカタチと変わらないがしかし、

足あるべき場所には魚の尻尾が、腕あるべき場所には竜の飛膜が、剥き出しの肌には片鱗が、ついていた。

それは、空という名の海を自由に泳ぎまわる蒼い人魚。

海という名の空を自由に飛びまわる蒼い竜人。


「だから人魚竜と呼ばれておるのだ」

「なるほどね」


王様とアイネが草原に座りながら話していると、人魚竜の歌声が聞こえてきた。



―――…♪…………♪……♪



言葉 ならざる 詞<ことば> 詩<うた> 得ぬ 歌 恋<こ>えぬ 声


子守唄のように―懐かしく―

鎮魂歌のように―切なく―

小夜曲のように―愛しく―


雨風のように―静かで―

草木のように―穏やかで―


“世界”へと響き渡る旋律。



「素敵な音色ね」

「うむ」


座っていた少女と猫はいつの間にか草原に寝そべっていた。


「ねえ、王様。なんだか…風が気持ちいいの」

「…うむ」

「なんだかお日様があったかいの…」

「………うむ」


今日はここでひとやすみ。

ゆったり、まったり、のんびりと。

人魚竜の旋律が、遠く、遠く、聴こえなくなるまで。




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