少女と猫と鼠







赤光ガ笑ッタ


アイネと小王は本の木を見つけた。

少女は絵本を、王様は小難しい本を、それぞれもぎ取って読む。

何冊目かの絵本を読み終え、少女は次の本を探す。

ふと、その目に留まった黒の背表紙。

少女はその本を手に取りページをめくった。



 奪い奪われ 傷つき傷つけられ 途絶えることのない争いの螺旋

 憎み憎まれ 妬み妬まれ 止まることのない憎悪の歯車

 生まれ死に 死に生まれ 果てることのない生命の輪廻

 様々な人生の在り方を描いた叙事詩



そんな本だった。

少女は、ねぇ王様と呼びかける。


「この子、きっと此処じゃない何処かから来たんだわ」

「ほう?」

「だって、此処にないことが書いてあるもの」

「ではこやつも、必要とされて此処へやってきたのだな」

「そうね」


王様が鷹揚に頷き、少女もそれに同意するがしかし、


「でも、どういう事に必要なのかしら?」

「…我輩たちが知るわけあるまい。“世界”が求めたのだから」

「うーん…」


納得いかない様子で首かしげるアイネ。

小王は、好きに解釈すれば良かろうと鼻を鳴らしてまた読書へと戻る。

少女は本をまじまじと見つめる。


「この子は色々なものを記してきたのよね」


 その度に何処かから何処かへ流れてきたなら

 流れついた先で記すなら


「きっと、あたし達の事もこの本に記されていくんだわ」




流レテキタノハ

少女と猫の前には、川が横たわっていた。

丁度アイネの頭がすっぽり隠れるほどの深さ。

入れば小王が流されてしまうほどの速さ。


「どうしよう、王様」

「うむ…」


二人が悩んでいると、変な声が聞こえてきた。


―――けて―――まう…!

「まう?」

「…あそこか」


急流の中、流れてくる小さなモノ。溺れながらも何か叫んでいる。


「助けてくれぇっ、しん、死んじまぅごぼばはっ!」


桃色の、小さな鼠だった。

偶然にも近い岸辺を横切ったので、アイネはすくい上げる。


「げほ…っ」

「どんぶらこ、どんぶらこ、流れてきたの?桃太郎さん」

「桃太郎は人間であろう。こやつは鼠だ」


やがて鼠は呼吸を整えると少女の手の上で立ち上がった。

小さな鼻にのせたミニグラスを、どこからか取り出したハンカチでフキフキ言う。


「いやぁぁ、死ぬかと思ったぜ。助けてくれてありがとうよ、お嬢さん」

「助けられてよかったわ、桃太郎さん」

「おっと、オイラは桃太郎じゃねぇ。天國って名前だ」

「あたしはアイネよ。こっちは王様」


へぇぇ、王様?そいつぁすげぇぇ…と天國は王様を見る。

途端、鼠は慌てて少女の首の裏、髪の毛の中に隠れた。


「ひぇぇっ」

「ひゃっ」

「…何をしておるのだ、お前たちは」


アイネはくすぐったくて震え、天國は怖くて震える。


「く、く、喰わないでくれぇっ。頼むからぁっ」

「我輩は猫であるが、鼠など食ったりせんわ」


…そりゃ本当かい?と天國はひょっこり顔を出す。

アイネは口元に指を当てて思い出した。


「そういえば、王様が食べてたのって木の実とかだったわ」

「鼠を喰らうは、弱いものを嬲るのが好きな奴らだけよ」

「あんたは、違うのかい?」


まだ疑う鼠に、猫はフンと鼻を鳴らす。


「先程言ったであろう。王たるもの、弱きを助けるのは当然よ」

「へぇぇ、あんた立派なんだな」


と言って、やっと鼠は少女の肩から降りた。


「助けてもらっておいて聞くのもなんだが、王様たちは何でこんな所に居るんだい?」

「うむ、向こう岸に渡りたいのだ」

「でも川は深いし速いし、渡れないの」

「ははん…なるほどな。そいじゃ、オイラに任せときな!」


天國は小さな胸をトントンと叩いた。




流レテイクノハ

鼠が二人を連れてきたのは、ハスのたくさん生えた湿地。

それも、アイネが乗っても沈まないほど巨大なハスの。

アイネは葉の上でぴょんぴょん飛び跳ねる。


「うわぁ、すごいのね、この葉っぱ!」

「ハスって言うんだ。こいつに乗りゃぁいいんじゃないかい?」

「なるほどな」


鼠はミニグラスを少女に預け、葉の端っこから水に潜った。

それから、その茎をカリカリと噛み切る。

葉っぱから降りたアイネがハスをうんうん唸って川まで運んだ。

それからみんなで長くて丈夫な木の枝を拾う。


「ありがとう、天國。おかげで向こう岸に渡れそうよ」

「へへっ、お役に立てて光栄だよ」


鼻の下をポリポリかきながら鼠は笑った。

アイネはミニグラスを天國に返し、小さな頭を撫でる。


「よせやぃ」


頭を撫でる指を、天國は照れくさそうに押し退けた。


「小娘、行くぞ」

「はぁい」


王様が舟に飛び乗り、少女がそれに従った。

それから鼠がロープを噛み切る。少女が枝の櫂を漕ぐとゆっくり舟が動き始めた。


「さようなら、天國!」

「世話になった」


アイネが大きく大きく手を振った。

岸辺では、天國が大きく大きく飛び跳ねた。


「お嬢さんも、王様も、達者でなぁぁ」


小さな桃色の鼠は、二人が流れて往くまでいつまでも、いつまでも手を振った。




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