少女と猫と風







故人


風に背を押されるまま、向こう岸へとたどり着いた一人と一匹。

またしばらく旅を続け、不思議な柱の建つ草原へとやってきた。


「ねぇ王様、あれは何かしら」


草原には、幾つも孔の穿たれている柱が無数に建っていた。

ゆるく吹き抜ける風が、遠くで音を立てている。


「あれは風見の塔だ」

「風見?」

「うむ。風があの孔を通ると、音が出るだろう?それでどちらから風が吹いているのか分かるのだ」

「へぇ!」


やっぱり、王様は博識ね!と抱き上げる少女。

そのまま黒い身体に頬擦りをする。


「な、何をするのだっ」

「王様ふわふわ〜気持ちい〜」


うふふふと笑いながら、アイネは止まらない。

小王は抜け出そうと足掻くが、無駄な抵抗に終わった。


「…もう、好きにするが良い」

「あたし、もう好きにしてるよ?」


少女は、変な王様ーと言いながら黒い毛の海に顔を埋める。

猫は、ハァー…と溜息をつきながらうな垂れた。

ふと一人と一匹の、すぐ傍の塔が鳴った。



 ずいぶんとお仲がよろしいことで



「…どこ?」


話し掛けられたアイネは辺りをキョロキョロ。

腕に抱かれた小王が空(くう)を睨みつける。


「どこをどう見れば仲良く見えるのだ!」



 あら、違うんだ。へぇー、フゥン?



「ねぇ王様、だれと話してるの?どこにいるの?」

「フン、見えるわけがなかろう。あやつは風だ」

「風?」


首を傾げた少女に風が答えた。



 私はヴェインよ。この草原の風



「あたしはアイネ!こっちが――」



 知ってる



「え?」

「…フン」


アイネは驚き、小王はそっぽを向いた。

風見の塔が笑うように震えた。



 誉れ高き我侭王。チビで高飛車な小王でしょう?



「…知り合いなの?」

「誰が知り合いなものか!それよりもだ、我輩を貶すような形容詞に対する疑問はないのかっ!?」

「イタっ、引っ掻いちゃ嫌ー!」


腕を引っ掻かれ、少女は猫を手放す。

自由になった王様はフーッと一つ鳴いた。




ヒト休ミ

 ま、確かにただの知り合いじゃないわよねぇ



「…フン」

「それじゃあ、お友達なの?」


引っ掻かれた傷をさすりさすり、アイネは尋ねた。

ツン、とそっぽを向いた小王に代わってヴェインが答える。



 そんなトコロかしら。と〜っても親密だった、ね



「ふぅん?」


そうなんだ、と特に気にした風もなく少女は頷いた。

その様子を横目でチラ、と見て猫が提案する。


「いつまでも此処に居るわけにもいくまい。出発せぬか」

「え、もう?」


少女が不満そうにむむぅ、と唸りながら眉を寄せる。


「不服か?」

「あたし、もうちょっと此処に居たいわ」


だってこの丘の風は、気持ちいいもの。

にこにこ笑いながらアイネがそう言えば、小さき王は僅かな躊躇いの後に。


「…一日だけだぞ」

「やったぁ、王様大好きー!」


喜びを体現する為に少女は再び猫に抱きつき、

不快を体現する為に猫もまた再び少女を引っ掻いた。


「いったーい!」

「少しは学習せぬのか、このバカ娘!」


また騒ぎ始めた二人に、風はただ黙って空を泳ぎ始めた。




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